カテゴリ:深淵( 3 )

先週和歌山へ出張した最後の日 取引先の人が高野山へ連れて行ってくれました。
かの有名な霊峰 高野山です。
そうです、弘法大師が開かれた山です。
山の頂上にお寺が沢山あり、参拝客が大勢来ると見えてお店も結構ありました。
生憎の土砂降りでしたが、500円で傘を買って歩きました。
浅野内匠守(赤穂浪士で切腹したお殿様)とか結城秀康(徳川秀康の次男)
色んな松平家(徳川家の親戚で親藩大名)とか前田利長の墓など
江戸時代のお殿様達の墓が沢山ありました。

弘法大師は、今でも生きているそうです。
千数百年前のとても偉いお坊さんですから、長寿なんだと思います。
地下霊廟みたいなところがあり、弘法大師が座しておられると言う場所も見ました。
1m四方くらいの白い紙か布が壁に貼り付けてありそれをじっと見つめれば、
弘法大師の姿が見えるという説明をしていました。
色んな人が 「あっ ほんとだ! 見える! ほれ あそこにこんな格好してる」
とか言っていました。
私もしばらくそこに立ち、目を凝らして見続けましたが遂に見えませんでした・・・
私の人徳の至らなさと深く反省しました。

遣隋使か又は遣唐使として当時の中国へ渡り、密教の正式な後継者になったお坊さんです。
実は、私の家は、弘法大師の真言宗です。
どこそこの宗派は、どうたらこうたらと色々言われますが、
実態は分かりません。

密教と言うくらいですから、何か秘密にして隠しているんだと思います。
極意は、文字や本や言葉で学ぶものではないと言って、空海(弘法大師)は、最澄に密教の
本を貸すのを拒否しました。
最初は、気持ちよく最澄に本を貸していたそうです。
でも段々とそれが続くうちに、最澄の考え方に異点を感じ拒否したようです。

仏教と言うのは奥が深いですね。
日本の中世の歴史を読むと必ず仏教と遭遇します。
とても退屈で難解ゆえに私は苦手ですが、何冊か読みました。

何か土産話と周期ちゃんが言うので、披露しました。
詰まらなかった?
んだか めんご


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平成17年05月13日(金) 03:33pm (NZ time)

こんにちは、みなさん。
この挨拶、こんにちは、は実に久しぶりです。
昔は、こんにちは、おはようございます、と言う挨拶も結構していましたが、最近は、この記事を書くのはずっと夜ばかりでした。
それで、おばんですがあたかも定着してしまったかのようでした。
再度確認の為に申し上げます。
おばんです → お晩です → 今晩は と言う意味ですので、くれぐれもお間違えの無いようにお願いします。
つまり、夜の挨拶と言う事です。
分かって頂けますね?
今朝は、晴れていましたが午後から曇りです。
結構冷えます。

最近私は、あることに気づきました。
皆さん良くご存知のように私は、北海道で生まれ育ちました。
少年期から青年期までの24年間を北海道で過ごしました。
北海道と言っても、道東と言う地域で気候的に特殊でした。
同じ北海道でも帯広から西の地方は、夏になると暑くなります。
しかし、道東地方は、夏でも暑くなりません。
7月や8月の平均気温が17度くらいです。
ですから夏でも寒く、ストーブ(暖房、Heater)を焚いていました。
そんな気候で生まれ育った為に私は、子供の頃から熱帯地方に憧れました。

半袖のシャツを着ても、寒くないような暖かい地方に住みたいと空想していました。
私の自己紹介のページを読むと良く分かると思います。
24歳の時、東京へ行きました。
社会人になりました。
そして翌年、直ぐにシンガポールに転勤になりました。
シンガポールは、常夏の島です。

東京の夏だけでぐったり来ました。
更にその上、シンガポールとは嫌に念が入っているもんです。
一年中ずっと熱帯空間に置かれると、それはもううんざりします。
そして、東京さ戻りました。
それから会社も移ったりしました。
数年後、大阪に転勤になりました。
大阪へも何故か知りませんが惹かれるものがありました。
私の先祖が四国出身のせいか、或いは、戦国時代の記憶がそうさせるのか関西への興味が強かった事は確かです。

私が2番目の会社に居る頃のある日、夢を見ました。
寝ているときに見る夢の事です。
つまり、大きな志を持って邁進する希望と言う意味の夢ではありません。
それは、現実の世界では見たことの無い交差点でした。
英国連邦で良くあるタイプの低い信号がある交差点を私は、30度くらい上の方角から見ていました。
夢の中で私は、ここはどこだろう・・・?
と思いました。
そして、頭の中にヨハネスブルグと言う言葉が何故か湧いてきました。
ヨハネスブルグと言うのは、南アフリカの最大都市で、金鉱山で有名です。

当時私は、南アフリカとは、全く縁がありませんでした。
夢の事は、全く気になりませんでしたが、時間が経っても何故か良く憶えていました。
とは言っても、生活の中では、その夢の事などは意識していません。
忘れてはいないが表層意識には出てきませんでした。
そして、転職し3つ目の会社で仕事を始めました。
勿論、夢と会社や仕事とは全く関係ありません。
その会社は、南アフリカと深い関係がありました。
私は、その会社に居る頃、ヨハネスブルグへ3度か4度出張しました。
3度目か4度目の出張の時、或るビルの2階か3階に居て、外を見ると、数年前に夢で見たあの交差点がありました。
それを私は、現地の社員に言いました。
するとあのビルは、最近出来たばかりだと言いました。

南アフリカにCape Townと言う街があります。
残念ながら、私は行った事がありません。
大変綺麗な街だと言う事です。
Cape Townは、地中海性気候の都市として中学か高校の社会科で習いました。
私の会社の現地社員(と言っても日本が本社ではない)でCape Townの大学を出た人間が居ました。
彼の話を聞くと、Cape Townは、とても綺麗で雰囲気が良い街だけど、冬は、雨ばかりで滅入ってくると言う事でした。
しかし、冬雨が多いと静電気が起きなくて良いだろうなぁ~と思った事を憶えています。
日本の内地の冬は、乾燥して気温も低いので静電気がバチバチ起きます。
私は、電気人間なので静電気が溜まり安く、何かに触れると良く火花が飛びます。
それで、静電気が怖くて仕方なかったのです。
1年を通して温暖で冬雨が多い地中海性気候は、自分が尤も望む気候ではないかと考えました。

そして「ニュージーランドへの道」になります。
若し、宜しければご一読下さい。
「ニュージーランドへの道」ご存知ですか?
私のHPの主題の一つです。
私は、オークランドに来ました。
そして、オークランドに来て、私は、初めて地中海性気候だと言う事が分かりました。
正式な学術的な分類では、オークランドは、西岸海洋性気候に入ると言う事を聞いたことがあります。
しかし、私の学校で習った知識と照らし合わせると明らかに地中海性気候です。

昨日か一昨日 ふと思いました。
どうも変だ・・・?
自分が望む気候の街に自分は、意識せずして移り住むように人生が進んでいるような気がしたからです。
これは、何か意味があるのでせうか?
若し、霊能力のある方、或いは、超能力を持っている方、はたまた、全く普通の人でも結構ですが、この謎解きできる方が居たらお願いします。


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平成17年05月02日(月) 11:59pm (NZ time)

おばんです、みなさん。
今日もオークランドは、曇りを基調とした天気でした。
夜は、ずっと降っています。
降っているのは、お金ではなく、雨です。
でも今日は、暖かかったです。

どうも今日は、筆が進まず、また、いつものように「ニュージーランドの生活基本情報」のページからパクロウとしましたが、それでも執筆意欲が湧いてきません。
それで、NZ Heraldの記事を何か紹介しようと思いましたが、それも気乗りしません。
思考の沈滞です。

いつも私が使う言葉で、City(シティー、或いは、ハイカラな発音でシィティー)があります。
常連の方は、良くご存知だと思います。
Cityと言うのは、街の中心街とか繁華街と言う意味です。
アメリカ語で言うとDowntownと言うのでしょうか?
CityとDowntownがぴったり一致するかどうかは、不明です。
オークランドのCityの中に更にDowntownと呼ばれる一角があります。
昔のQueen Elizabeth Square IIの辺りです。
今は、Queen Elizabeth Square IIは、バスターミナルになっています。

日本語で言う市(いち)とCityは、ぴったりと符合します。
市が商業活動の中心として発達し、そこから現代の行政地域の ・・市などに派生して行ったと考えるととてもしっくりと来ますし、実際にそうなのだと思います。
以上何か書かねばならないと言う義務感で書きました。
義理も人情も無い不特定多数の人を相手に発信しているHPですが、突き詰めていくと、自分の為にやっています。
今宵があなたに取りまして、素敵な月曜の夜になる事を願っています。

ここまで書いて、ある文節が思い浮かびましたので、続ける事にしました。
それは、「祈る」と言う言葉です。
あなたは、祈る事がありますか?
私は、あります。
人生30年近く生きてきて、祈るようになりました。
何に対して祈るかと言うと、ある眼に見えない存在に祈ります。
その対象は、私の中では、具体的な対象ですが、ここで言う気には、なれません。
私は、この言葉を妙に謹厳に捉えるようです。
つまり、テレビのアナウンサーなどが「ご冥福をお祈りいたします」などと言う時、とても違和感を感じます。
あれは、明らかに嘘だと分かるからです。
彼らは、実際には、祈らないのは、まず間違いないと思います。
それなのに「祈る」と言っている・・・

私も30年近く生きてきて、社会で使われる言葉の慣習をそれなりに理解しています。
文字通りの意味で言葉を使わずに単に軽いお世辞で言う言葉が沢山あります。
例えば、京都人の「考えとく」と言う表現などです。
或いは、京都人の家を訪問して「どうぞあがってお茶漬けでもどうどす?」と言われても、そのまま受けとりません。
その位は、私でも十分に許容できます。
相手の立場を考えて言ってくれている、社交辞令で、余り罪は無いと思います。
参考までに言いますと、北海道で言われる言葉は、殆どそのまま受け取って大きな間違いは、ありません。
しかし、「お祈りしています」と言われると、どうも重い意味になる気がして、軽く聞き流せない抵抗感を受けます。
先日、話した、昭和天皇の正月参賀で、昭和天皇は、お言葉を述べられました。
それは、国民を祝福するお言葉でしたが、最後は、「~ と希望します」と言いました。
宮内庁の役人が考えた文面でしょうが、かなり練っていると思ったことを憶えています。

私は、良く冗談を言いますし、軽いお世辞も遊びのつもりで良く言います。
所謂、White Lieです。
ですが、「祈る」と言う言葉は、社交辞令でも使いません。
若し、私が「祈る」と言ったら本当に「祈る」時です。
そう言って、人のために祈った事が何度かあります。
余りその回数は、多くありませんが。
おやすみなさい。


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