カテゴリ:歴史( 14 )

日本国内に何故、反日左翼が存在するか?
彼らは日本を憎み、支那、南朝鮮、北朝鮮の国益の為に日本を売る。



日本の左翼(共産党を除く)は、敗戦後GHQ(General HeadQuarters = 連合国軍最高司令官総司令部)の洗脳政策による作品です。


GHQの洗脳作戦名は、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム (War Guilt Information Programme = 戦争罪悪論計画)です。
その詳細に関しては、上記Wikiを参照下さい。
米国人は、我々が考える以上に巧妙で狡猾です。



この記述によれば、GHQは敗戦後の日本の言論統制、検閲により日本人を徐々に洗脳していった過程が伺えます。
まず、新聞、ラジオで日本は悪者で邪悪な戦争をした犯罪国家だと思い込むように報道させています。
そして個人の郵便物まで一切合財検閲して米国の悪口を完璧に封じ込め、全て日本が悪いように操作しています。

同時にGHQは、日本国内に左翼 = 反日勢力を育てました。
その作品群が、日本社会党(残党が今でも民主党に存在)、朝日新聞、日教組等です。
在日朝鮮人も反日運動に加担するように利用されています。



身体の中に湧いた蛆のように日本人の思想を蝕んでいきました。
日教組は、学校で子供達に反日教育を行い、社会党は政界で自民党に反対し、朝日新聞を筆頭に殆どの報道界は自民党憎しの偏向報道に徹します。
安倍総理が朝日新聞から徹底的に叩かれるのは、安倍総理がGHQの洗脳政策を否定し、日本人の誇りを取り戻そうとするからです。

下記動画が上記を裏付ける内容を含んでいますので参照下さい;
1/2【新春特番】維新・改革の正体を語る[桜H25/1/2]




それでは何故、米国は日本人を骨抜きにして自虐的になるように洗脳したか?

1.米国は、正しい、悪いのは日本!
2.日本の独立と再軍備を永遠に阻止!
(然し、支那が共産主義になった為、途中で軌道修正し、自衛隊を設立)

米国は、ジュネーブ条約違反である絨毯爆撃をして、無辜の日本国民を無差別大量殺戮しました。
決定打が、長崎、広島原子力爆弾投下です。
これは、人類史上稀に見る極悪非道行為です。
米国は何とか自分の非道行為を誤魔化したい。
その為に「米国は、正しい、悪いのは日本!」と言う価値観を定着させる。

そして、再び日本が武装して核を持ち、脅威にならないようにする為です。
かと言って、日本が本当の社会主義国家になっては困るので政権は自民党に任せる。



支那の尖閣諸島侵略のお陰で日本人は、ちょっと目覚めました。
最近は、日本人としての誇りを取り戻しつつあります。
日本が自衛の軍隊を持ち、在日米軍を追い出し、完全に米国から独立するのを米国は最も恐れます。
日本は、公表されているだけでも、毎年10兆円程度、米国債購入という形で米国に貢いでいます。
日本人が無料残業して、圧迫感で鬱病になったり、くたくたになって過労死までして稼いだお金が米国にむしりとられているのです。



まず、日本から反日左翼を撲滅し、そしてその後、米国からの独立すべきです。
その為には、一旦 悪魔と手を結ぶ覚悟も必要かも知れない。
悪魔とは支那です。

支那と表向きに共闘し、米国から独立しその後は、支那を徹底的に無視すれば良い。
南朝鮮・北朝鮮とは国交断絶で一切交流しないし、係わり合いにならない。
これで日本は完全に独立できる。
その為には、最強の軍隊が必要だ。
その為には、憲法改正が必要だ。
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下記は、2012-04-28 に私がYahoo BBS(掲示板)に投稿した文章です;
1. 日本民族極悪説
2. 日本民族極悪説 2/2

ヤフー掲示板の文字制限に引っかかり2つに分けて投稿しました。
上記の内容を一部編集して、ここに新たに投稿した文章が下記です;
-------------------------------------------------------------------------

あなたは、敗戦直後、米国GHQが日本の武道を禁止したのを知っていますか?
日本人は、敗戦後数年間、柔道、剣道、空手などの武道を出来なかったのです。
何故だか知っていますか・・?
それは、GHQが武道を禁止したからです。
米国は日本人の民族としての誇りを木っ端微塵に抹殺したかったからです。

念の為、GHQの説明をしておきます。
GHQ = General Headquarters = 連合国軍最高司令官総司令部

で簡単に言えば、大東亜戦争の敗戦国である日本を占領した連合国側の組織です。
殆ど米国の占領軍と思っても間違いありません。
その最高司令長官がロンパリのダグラス・マッカーサー元帥でした(彼はどちらかと言うと日本よりだった)。

何故、米国は武道を禁止してまで日本を徹底的に骨抜きにしたかったのでせう・・?
(その他にもありとあらゆる手段で日本民族骨抜き大作戦を断行しています)
米国は、ジュネーブ協定違反である絨毯爆撃をして、無実で無辜の日本国民を無差別大量殺戮しました。
最後の決定打が、長崎、広島に落とされた原子力爆弾でした。
このように、幾ら何でもそこまで・・? と足腰が立たないほど日本人を痛めつけました。
その上、戦後、日本人の民族としての誇りを徹底的に踏みにじったのです。
何故そこまでしなければいけなかったのでせう・・?


実は、戦前から今日まで米国にとっての最大の脅威は日本だと思います。


・ 平民は世界一優秀 (支配階級は、欧米に数段落ちるが・・)
・ 高度な技術力
・ 劣悪な状況でも耐える精神力を持った国民
・ 如何なる民族よりも規律を守る
・ 従順で物言わぬ民族
・ 国家規模(人口1億以上)
・ 経済力

こんな民族は世界広しと雖も(いえども)絶無(唯一伍せる可能性があるのはドイツ人のみだろう)。
再び日本が独自に武装して正式な軍隊と核を持ったなら、米国にとって最大の脅威になる。
おまけに日本は有色人種の国で歴史、文化、思想も著しく異なり相互理解に苦心する事が多々ある。
(いつ何時、アングロ・サクソンの敵になるか分からない)

よって、日本は永遠に骨抜きにしなければならない。
その為にGHQは、日本人を骨抜きにする日本民族極悪思想を植えつける(ハイカラな言葉で言うとマインド・コントロール)作戦を決行しました。。
GHQは、日本民族極悪思想ウィルスを日本中に撒き散らした。


ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Programme = 戦争罪悪論計画)
を参照されたい;


上記は、やや長い文章ですが、出来るだけ全部読んで頂きたい。
非常に重大な内容を含んでいます。
War Guiltとは体裁は良いが、実態はJapanese Guiltだ。
GHQがどのように日本民族極悪論と言う思想ウィルスを浸透させて行ったか、かなり詳細に記されています。

日本人は、GHQの策略通り、自分達を極悪非道の民族だと思い込むように思想操作されて行きました。
そのカラクリにまんまとはまっているのが日本の左翼(一部のマスコミ、一部の政治家、一部の評論家、一部の学者、殆どの労働組合、日教組など等)です。
教育現場に特定の思想を持った教員が大勢配置されているのですから、子供達も堪りません。
勿論、彼等はGHQが撒いて行ったウィルスに感染しているとは露ほども思っていません。
(と言うか、無邪気なほど無警戒で滑稽に操作されている)

私は、学生の頃、寮に居ました。
周りには、民生と呼ばれる共産党員が沢山居て、赤旗新聞が至る所にありました。
そんな経験から私は、身を持って実感しましたが、日本の左翼と呼ばれる人達の殆どは善人です。
所謂、良い人です。
戦前、日本が東アジア諸国に侵略して悪い事をしたと罪悪感を持って居る善良な人々が殆どです。
つまり、贖罪意識から中国や韓国の為に一生懸命に活動しています。
日本人は元々、純粋で良心的な人が多い極めて珍しい民族です。

私も良い人ですが、日本の左翼とはかなり波動が違います。
私は、欧米型良い人で、日本の左翼は日本特有のお人好しです。
世界から見ると日本のお人好し程、御しやすい民は居ない。
世界は、したたかかで狡猾で利己的です。
そんなお人好し日本は、米国や東アジア(中国、韓国)から見ると、つけこみ利用するには持って来いです。
(共産党の名誉の為に付記すると、日本共産党はしたたかな戦略を持って居るのでただのお人好しとは全然違います。只のお人良しの筆頭株主は、旧社会党で現在は民主党に沢山潜んでいます。仙石由人がその代表)

岡崎トミ子と言う元社会党員、現民主党員が、2010年菅直人政権の時、何故か国家公安委員会委員長になりました。
彼女は、2003年に韓国さ行き、ご丁寧に半日デモに参加していた事実が明るみに出て国会で追及されました。
こんな摩訶不思議な人種、日本の左翼が日本に沢山生息しています。
こんな奇妙奇天烈な生命体は、世界広しと雖も日本だけの生物です。

上記 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Programme = 戦争罪悪論計画」 をクリックしますと、中ほどに下記の文章があります;


++Quote
論評など [編集]
『産経新聞』は次のように論じている。

占領期に連合国軍総司令部 (GHQ) が実施した「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」 (ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムと同義)は、今も形を変えて教育現場に生き続けている。

(中略)文芸評論家の江藤淳は著書『閉された言語空間』の中で次のように書いている。

~「いったんこの(GHQの)検閲と宣伝計画の構造が、日本の言論機関と教育体制に定着され、維持されるようになれば、
(中略)日本人のアイデンティティと歴史への信頼は、いつまでも内部崩壊を続け、また同時にいつ何時でも国際的検閲の脅威に曝され得る」~

6年前に自死した江藤の「予言」は、不幸にも現実のものとなろうとしている[25]。

高橋史朗明星大教授は、「東京裁判が倫理的に正当であることを示すとともに、
侵略戦争を行った日本国民の責任を明確にし戦争贖罪意識を植えつけることであり、
いわば日本人への『マインドコントロール計画』だった」と論じている[26]。
Unquote++


敗戦直後の新聞とラジオを使いGHQが執拗に日本人の思想操作行った事がかなり詳細に記載されています。
つまり、敗戦後GHQは、日本民族極悪説を醸造すべく思想ウィルスを巻いた。
日本人極悪民族と言う思想ウィルス。
その思想ウィルスを増長しているのが世界的にも不可思議な生命、日本の左翼。
日本人であるにも拘わらず一生懸命に反日的活動を行う鵺的(ぬえてき)生き物、日本の左翼(一部のマスコミ、一部の政治家、一部の評論家、一部の学者、殆どの労働組合、日教組など等)。

GHQの計画は本当に大成功した!
何故なら、日本には反日的日本人が未だに満ち溢れ、日本人は民族としての誇りを完全に失ったから・・
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当記事は、8月17日(木)に本館の 「気まぐれ草紙」 用に執筆したものです。

おばんですみなさん。
今日も暖かかったですね。
こんな暖かい土地に住む事が出来て私は本当に仕合せ者です。
でも本音を言うともう少し涼しい方が過ごし易いと思います。
ニュージーランドにいらっしゃる方は寒い思いをしているのですからこんなに良く暖まった土地で生活出来る事は幸運でせうか・・?
3日間も執筆活動をサボってしまいました。
本当に失礼致しました。
日本全国6千万人、ニュージーランド全国6人の愛読者の方々には誠に申し訳ない事をしました。
済みませんでした。

この3日間の出来事です。
まず最初にニュージーランドですが、8月15日にマオリの女王 テ・アリキヌイ・デーム・テ・アタイランギカーフさんが腎不全のためお隠れになったそうです。
75歳だったそうですので大往生と言っても良いと思います。
マオリ族独自の王様が居るのは知っていましたが女王だったとは知りませんでした。
マオリの王様は法的な権限が無いそうです。
もう一つは、ニュージーランド準備銀行(RBNZ = Reserve Bank of NZ、中央銀行)の16日の発表では、7月末時点でのNZ国債の非居住者の保有比率は61.6%だったそうです。
前月末時点の58.5%から上昇しました。
期間別では、長期債の非居住者の保有比率が68.8%から69.8%に上昇したそうです。
短期債は20%から26.7%に上昇したそうです。
つまりニュージーランド国債を買う人は外国人が多いんですね。

非居住者が直ちに外国人とは限りません。
何故ならKiwiで海外に出ている人が多いからです。
でも非居住者でNZ国債を買う人は、圧倒的に外国人が多いと思います。
特に日本人でせう。
それにしてもニュージーランドの政策金利(OCR = Official Cash Rate、日本の公定歩合に相当)は、未だに7.25%と言う高水準ですが、一体いつガク~ンと来るのでせう?
ドカァ~ンとは来ないでせうね、徐々にでせうね。
俗に言う軟着陸、ハイカラな言葉で言うとソフトランディングと言う奴です。
失業率が3%台で、インフレも続いているのですから、まだ好景気なんですね。

さて、日本です。
もう帰省ラッシュが一段落したそうです。
さぞやお疲れになった事と思います。
会社さ行ったらゆっくり休息して下さい。

8月15日。
実に騒がしかったです。
でも純ちゃん良くやってくれました。
普通の政治家ならぐら付いて靖国神社参拝を中止していたかも知れません。
日本の国益を総合的に考えた場合、どちらが得だったか・・?
間違いなく参拝した方が得策だったと思います。
中国や韓国は、日本は圧力に屈したと思い将来の悪しき前例を残した事になったと思います。
彼らが騒ぐのは、日本を政治的に揺さぶるのが目的だと思います。
イギリスは当件を報道していますが日本を批判していません。
『昭和天皇の例の「メモ」をとりあげているのは、ガーディアンであった。
これは「靖国派」にとっては頭の痛い問題であるだけに、重要な指摘である。
若者の参加に触れていたのは、ガーディアンとフィナンシャル・タイムズである。
さらに、ガーディアンは「靖国問題がなくても、中国、韓国は他の問題で日本を批判するだろう」などと付け加えた。』
『』の中の文章は、livedoorのニュースよりの抜粋です。
イギリス人は、中国と韓国の腹の中を良く読んでいます。
アメリカはどうでせう?
アメリカは全く感心が無いのかどうか知りませんがどんな報道をしたのか知りません。
フランスのルモンド紙は、日本は中国と韓国の圧力に屈しないで筋を通したと報道したそうです。
そして平和への誓いを立てたのだから、軍国主義へ繋がる懸念は無いとしています。
賢明な批評です。
フランスもたまには良い事を言うんですね。
フランス偉い!
豪州はどうか・・?
知らない。

昔からアジア諸国が日本を責める口実を作ってきたのは日本の新聞です。
日本を憎みきっている新聞が日本にはあります。
共産主義がまだ元気だった頃、日本の品質紙(ハイカラな言葉で言うとQuality Papers)は中国や北朝鮮の顔色を伺い彼らの気に入るような内容の報道をしてきました。
そんな日本の新聞が取り上げた問題を中国が突付くと言う様式が定型化していました。
その総代表とも言うべき新聞が朝日新聞でした。
昭和60年の中曽根さんの靖国神社参拝はアジア諸国の気持ちを損ねるものだと報道しそれに呼応して中国が批判を始めたそうです。
と今日の産経で読みました。

新聞は批判的精神を持たねばなりません。
しかし、国益を損ねるような報道をするならばそれは売国奴です。
ところが彼等も商売をしていますので、国民から反感を買って売れなくなると困ります。
その辺は上手く立ち回っているようです。
国民が左傾化している時は、中国や北朝鮮のお気に入りに入りそうな記事をバンバン書いて居ましたが、最近はどうなんでせうね?
最近の日本は20数年前と比べるととても右傾化してきました。
自尊心を取り戻しつつある証拠です。
会田雄二さんがご存命だったらこの傾向をお喜びになったと思います。
左翼と言う言葉は、もう聞かれなくなりました。
もう虫の息ですが、彼らはまだ生きています。
でも転向したのと同じです。
今頃19世紀のカビの生えた理屈を捏ね回しても誰も付いてきません。
そんな思想にいつまでも執着していると肝心の商売が駄目になってしまいます。
戦前の軍国主義全盛期には、それ行けどんどんで戦争を煽っていました。

昨日、8月16日の根室の蟹漁船の乗組員がロシアの警備艇の銃撃で死亡したと言うニュースは腹立たしい限りです。
死亡された方のお母さんが泣きじゃくっていましたがその心中は察するに余りあります。
今までも拿捕(ダホ)と言うのは良くありましたが、銃撃されて乗組員が死亡したと言うのは珍しいです。
過去にもあったそうですが、何十年も前の話らしいです。
これが立場が逆だったらどうでせうか?
日本はロシア人を殺したでせうか?
そう言えば、日本の海上保安庁の警備艇が北朝鮮の覆面船を銃撃して沈没させた事がありました。
あの時の北朝鮮船は、偽装していて又、向こうから先に銃撃したのではなかったか・・?
いずれにせよ、ロシアは相変わらず気に食わない国だ。

話は変わりますが、東京裁判。
勝者が敗者を事後法で裁きました。
事後法と言うのは、或る法律を作りそれを過去に遡って適応する事です。
これは国際法のみならずどのような文明国でもやってはならないご法度です。
例えば、不特定多数の人が出入りする公の場所でタバコを吸ってはいけないと言う法律が今日施行されたとしたら、昨日公の場でタバコを吸った人は罰せられません。
ところが事後法と言うのは、昨日、一昨日、3日前、1ヶ月前、1年前とずっと過去に遡ってタバコを吸った人を罰します。
こんな事後法は許されないのは法律を知らない人間でも分かる常識です。
ところがアメリカはそれをやりました。
勝者が敗者を殺すのは歴史的には常識でしたが、それを強引に法律にして裁判で裁く形式にしたのが東京裁判です。
戦(いくさ)に勝った者が負けた者を好きなようにするのは古今東西同じですが、現代ではさすがに罪状認否も無くいきなり殺す訳にも行かないので、無理矢理法律を作ったのでせう。
広島、長崎に落とした原爆は、一般市民を無差別大量殺戮したのですから間違いなく国際法違反です。
然し、誰もアメリカを罰しない。
勝った者は誰にも裁かれないのです。
つまり法律などは関係ないのです。
そんな法律で裁かれた軍人をA級戦犯と勝手に言うのは、アメリカ人であるべきですが、日本人は自らA級戦犯 戦争犯罪人と言っています。

良く引き合いに出されるドイツ。
ドイツはナチスを別物と言う変わった解釈で片付けました。
そして戦争が終わった後、敗戦国は戦勝国に賠償金を払います。
それは言うまでも無く国家同士の話であって、被害者個人とは直接交渉しません。
しかし、ドイツが大量虐殺した人間の多くは、ユダヤ人でした。
当時ユダヤ人の国家はありませんでした。
ですからユダヤ人に対する国家補償をしようにも出来ませんでした。
それでユダヤ人には個人に対して賠償するしか方法がありませんでした。
終戦後数年してユダヤ人国家が人工的に生まれましたが(イスラエル)、終戦直後には存在しなかった国家です。
この経緯を踏まえずに日本もドイツと同様に被害者個人に賠償すべきだと言う人が居ますがそれは単なる無知の言葉です。

次にこのHPです。
8月14日の月曜日、奇妙なキーワードでのアクセスが急激に増えました。
そのキーワードは、「停電」でした。
Yahooで「停電」で検索して来た人が263人も居ました。
ところがGoogleから来た人は、2人だけでした。
それで調べてみました。
そうするとヤフーで「停電」で検索するとこのHPの「日々不安」の中の「停電」が何と1位に表示されていました。
でも今もう一度やってみると2位に落ちていました。
それにしてもYahooではどうしてこのHPの停電のページがそんなに検索順位が高いのかよう分かりません。
ところがGoogleでは49位です。
Googleでは2人しか来なかったのが良く分かります。
参考までに申し上げますと、このHPのトップページに装備してあるカウンターは、増えていません。
何故なら「停電」のページを見た人は、何やこりゃ~と思って直ぐ退散したからです。
トップページに来た人のみカウンターで勘定され数値として表示されます。
話の順序が逆になりましたが、8月14日には東京で大停電があったそうです。
三国建設と言う建設会社のクレーン船が川を曳航中に送電線を切断したそうです。

もう推敲する余力がありませんので書きっぱなしで上げます(8月18日古文書館に移動する前に推敲完了)。
今宵があなたに取りまして素敵な木曜の夜になる事を願っています。



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今日 NHKの大河ドラマ 「功名が辻」 を初めて見ました。
私が功名が辻の本を読んだのはもう20年以上も前です。
それで内容もかなり忘れています。
そもそも豊臣方だったことすら忘れていました、恐ろしいことです。
関が原で徳川方について、外様ながら土佐一国を与えられたのですね。
遠州掛川の山ノ内一豊 と言う呼称と山ノ内一豊の妻のお千代さんと幕末のお殿様、
山ノ内容堂の事くらいしか記憶に残っていません。
又、現在の三菱財閥の主人とでも言うべき家柄ですね。
日本的な奥さんの鑑とされるお千代さん。
秀吉、利家、一豊の3人の奥さんが似たような性格だと当時の人間が言っていたそうです。
それはどんな性格?
旦那の顔を立てながら上手く自分の意思を通して夫を操縦したようです。
今でも居ますね、そんなタイプ。
でも操縦される旦那もその素質が無ければこのような組み合わせで上手く機能しないと思います。

それにしても人間は19世紀まで露骨な殺し合いを前提とした社会で生きてきました。
武士と言う名の戦士が社会を治め管理してきました。
1868年にそれは一応終わりましたが、それは外国へ対抗するため便宜上そうせざるを得なかったからです。
日本の場合、外国との殺し合いは1945年まで続きました。
外国では今でも続いています。
人殺しを職業とする武士が管理する社会が終わっても人類は軍人と言う人殺しのプロを保持しています。
人殺しのプロ集団である軍隊が無くなったらそれを良いことに侵略する輩が必ず出てきます。
ですから人殺し集団は、いつの世にも必ず居て必要です。
あって欲しくないと願う人は居るかも知れませんが、無くても良いとは思わないはずです。
変な方向へ行ってしまった。

私は現代に生きていて、良くこんな経済活動を主体とした時代で平和に過ごせるものだと思うことがあります。 平和とは爆弾が落ちてきたり鉄砲で撃たれる心配のない状態です。 海外では今でも戦争をやっていますが、少なくとも日本ではそれが今のところ無い。 空襲の心配も無く寝れると言う事は本当に仕合せだと思います。

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おばんです、皆さん。
昨日辺りから、このblogへの来訪(ハイカラな言葉で言うとアクセス)が
急激に増えています。
大変嬉しい事です。
ついでに何か一言寸評(ハイカラな言葉で言うとコメント)をしてもらえれば、
嬉しいのですが、何故か誰も何も言いません。
なしてなんでせう・・?

このblogには、何か近寄りがたい雰囲気でもあるのでせうか?
それとも余りにも詰まらなく何も言う気もしないのでせうか?

まぁ、言いたければ言えばいいし、言いたくなければ言うに及ばず。
全ては、あなたの心の成すがまま。

それにしても最近のオークランドは、まるで夏です。
だって1月だから、夏だべさ。
日本で言うと7月に相当します。
多少暑いのは当たり前。
でも日本の内地のアフリカ性熱帯雨林気候に比べると天国です。
夕方7時過ぎには、涼しくなり、夜外へ出ると肌寒いくらいに気温が下がります。
そして、夜の9時過ぎまで日は残っています。
オークランド在住の皆さん、風邪などお召しになりませぬようにして下さい。

今年の大河ドラマの「功名が辻」に因むと「ご自愛下さい」ですね。
山内一豊の末裔で、幕末の隠居ご老公 容堂さんのお言葉、
「天尚寒し自愛せよ」
に戦闘中の土佐藩士達は、奮い立ったと言う事です。
一豊さんの奥さんを世間では「山内一豊」の妻と言います。
所謂、内助の功の鑑としての賞賛です。
何故そう言われるかは、省略します。

今私が読んでいる小説 「坂ノ上の雲」。
私は、司馬遼太郎の小説を20代の頃、殆ど読破しました。
何故、「坂ノ上の雲」 を読んでいなかったのか不思議でしたが、
読んでみて分かりました。

「翔が如く」 を読み終わり、その息苦しい明治の近代日本の黎明期に対して、
臆した為でした。
「翔が如く」 以後、明治の重い雰囲気に触れたくないと思ったせいです。
西郷と大久保と言う近代日本に登場した稀に見る英傑であり且つ又、
竹馬の友であり且つ又、同じ町内会の親友同士の激突。
日本の将来をかけての私欲が微塵も入り込まない信念の対決でした。
私は、あれが辛かった。
たまたま、動乱期に生まれ出でた英雄の運命としか言いようがありませんが、
乗り越えねばならなかった(避けて通れなかった)歴史なのかも知れません。

平和な時代に才能を開花する機会も得ずのほほんと人生を終えるか、
或いは、激動の時代に英雄として哀しみの果てに命を落とすか、
人はどちらを選ぶででう・・?
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平成17年04月26日(火) 11:24pm (NZ time)

おばんです、みなさん。
今日のオークランドは、曇りを基調とした天気でした。
昼間かなり寒かったですが、夜雨が降り出してから少し気温が上がった気がします。

私は、今、本を読んでいます。
題名は、「神々の流竄(ルザン)」、作者は、梅原猛、出版社は、集英社文庫、1985年12月20日第1刷。
今、約3分の1ほどまで読み進んで来たところです。
本の題名から内容は、察する事が出来ると思いますが、この本は、日本の古代史を解析しています。
古事記と日本書紀、続日本紀(しょくにほんぎ)特に古事記と日本書紀(2つあわせて記紀と呼ばれる)を自然な流れに沿って解釈していきます。
一般的な歴史書に良くあるような、理解できない部分は、この部分の記述は、間違っているとか或いは、自分の理解出来る様に強引に解釈をすると言う事はありません。
あくまでも、無理の無い納得の行く結論を導き出していきます。
彼の推論と仮説は、実に興味深いです。

我々は、戦前、古事記と日本書紀は、100%全て真実として信ずる事を強要されました。
そして、戦後は、100%虚偽として否定されました。
その事に関して、梅原猛は、この本の序文の部分で(同本18項「古代人の心を忘れた古代史」)以下の如く言っています。
やや長いですが、そのまま引用します。

前おきは、そのくらいで十分である。
お前が大いなる真理と称する仮説について語れと人はいう。
私の心も、1刻も早く、仮説を語りたいという焦燥に燃える。
しかし、誤解をさけるために、なお二、三の注意が必要であろう。

古事記、日本書紀について、戦後、日本の歴史学者は、あまりにも不信の眼を投げたのである。
そしてその不信の眼は、同時に、自国に対する不信の眼でもあった。
そしてその不信の眼の原因は、かつて古事記や日本書紀をあまりにも信じるドグマを、彼等が強制されたからであった。

本居宣長(もとおりのりなが 1730~1801)は、日本の古典の研究者として、もっとも偉大な学者であった。
彼によって、日本古典の研究は、はじめて1つの学問にまでなったといってよい。
そして本居宣長は、文献学者にふさわしい解釈の方法をとった。
それは、古事記、日本書紀に書かれていることがらを、そのまま全部事実として受けとる方法である。
こざかしい人間の知恵が、どうして幽遠な神の道を、知ることができようか。
こざかしい人間の知恵で、神のことをあれこれ言挙げすることをやめて、神の言葉をそのまま聞け。
それが、本居宣長の解釈の方法であった。
それはたしかに、すぐれた解釈の方法であった。
深い真理を知るには、己を空しゅう(むなしゅう)しなければならないのは当然である。
しかしこの宣長の解釈の方法が、唯一の解釈の方法として固定されるとき、いちじるしく知性の発展をさまたげる。
宣長の頭の悪いエピゴーネンに指導された戦争中の教育は、古事記、日本書紀の神話をすべてうたがうべからざる歴史的事実として教えていたのである。

このような不合理に、健全な理性が反対するのは当然である。
すでに、津田左右吉(1873~1961)はあの軍国主義の時代において、健全な理性でもって、このような神話について、批判していた。
彼によれば、古事記、日本書紀の神話は、大部分六世紀の大和朝廷の指導者によってつくられた虚偽であった。
津田は、豊富な資料と、巧みに矛盾律をつかう推論によって、古事記、日本書紀の神話の否定者となった。
そして、戦後、長い間の国家主義から自由になった日本の理性は、津田の中に、狂気の時代には珍しい1つのさめた理性を見た。
そしてひとびとは、この津田のさめた理性を尊敬しつつ、古事記、日本書紀にたいして、津田の否定的判断に従ったのである。

そして、このひとびとの古事記、日本書紀にたいする否定の心の中には、自国にたいする憎悪の心がかくされていたかもしれない。
あの戦争のさなかにあって、多くの肉親や友人の死を見、そして自己自身の死すらも覚悟しなければならなかったわれわれが、自国にたいする憎悪をもたないとしたら、かえっておかしいのである。
かくして、津田の記紀にたいする否定的判断は、進歩的歴史学者のもっとも重んずるところとなったのである。
正直な津田は、戦後、自分は前々から天皇制の支持者であったといったが、そういう発言は、進歩的学者にとって、古事記、日本書紀の否定者、津田左右吉というイメージをぶちこわす、迷惑至極な発言でしかなかった。

かくて、わが国最古の歴史書にして神学の書である古事記、日本書紀は、あわれにも、無視と忘却の中におかれていたのである。
その間にも、あるいは坂本太郎氏(「日本古代史の基礎的研究 上・下」)の、あるいは上田正昭氏(「日本古代国家論究」)などの、それぞれ観点のちがう、興味深い研究があるにはあったが、大部分の歴史学者にとっては、上代史を専攻する学者すら、この記紀の問題、特に神代史の問題は、素通りにすべき問題であったのである。

そしてその代わり、歴史学者は、考古学の成果をもって歴史叙述に代えたのである。
かつて神々の坐っていた場所に、壺や剣や玉がぎょうぎょうしげに坐りはじめたのである。
あたかも、そういう壺や剣や玉の研究によって、上代史の歴史の秘密がすべてとかれるかのように。
壺や剣や玉のみによって、上代史を論ずるわけにはゆかない。
何より、われわれはそこに人間を見なければならぬ。
しかも、神々を厚く信じた人間を、そこに見なければならないのである。
壺や剣や玉はもともと人間がつくったものである。
しかも、人間は上代にさかのぼればさかのぼるほど、神々を信じていたのである。
壺や、剣や、玉の中に、上代人の生活を見た考古学者は、それによって、かえって、上代において比べるもののない大きい意味をもった、見えないものの力を感じざるをえなかったのである。
とすると、その人間を研究するには、神々の研究が必要である。
神々の研究をするためには、神社を研究すると同時に、古事記、日本書紀を研究しなければならぬ。

こうして再び、われわれは記紀の研究に投げ帰されるのである。
われわれは、戦後余りに、記紀にたいする否定の執にとらわれていたのである。
戦前のわれわれが記紀にたいする肯定の執によって、真実を正しく見る眼を失っていたとすれば、戦後のわれわれは記紀にたいする否定の執によって、真実を正しく見る眼を失っていたのである。
竜樹(りゅうじゅ 二~三世紀)は、真理を知るためには、有無の執、肯定、否定の執を破らねばならぬと考えた。
ここでもわれわれは、有無の執、肯定、否定の執を破らねばならない。
かつてわれわれは津田によって肯定の執から解放されたように、今われわれは否定の執から解放されねばならないのだ。
真理は、肯定否定の二つの執から解放された中間にあるという竜樹の言葉は、ここでもまた真実なのである。

戦後二十五年間、われわれは、自国にたいする否定の執に、あまりにもとらわれすぎたと私はいったが、同時にわれわれは精神にたいする否定の執にとらわれすぎたのである。
歴史家のほとんどすべては、唯物論者になった。
経済史学にあらざれば、もはや、歴史学にあらざる風潮が日本史学界の主潮であった。
そして、古代史研究において、日本古代社会における無階級社会の存在が、ごく大まじめに議論されたのである。
私はここで、改めてマルクス(1818~1883)の幻想について語ろうとは思わない。
マルクスの幻想は余りに深いので、この幻想について、私は哲学者として、別な場所で、必死の戦いをいどまねばならぬ。
このような仕事については、別の機会をまたねばならぬ。

ただ、ここで私がいいたいのは、戦後日本の歴史学者のとった物質万能の考え方では、とうてい、歴史の真実は見えがたいということである。
なぜなら、人間は、卑俗な唯物論者が信じるよりはるかに精神的存在であるからである。
物質的存在であると共に精神的存在である人間を研究するのに、精神の研究を度外視して、到底、真実の解明は不可能なのである。
上古において、精神の歴史の痕跡は、宗教において示される。
そして日本の上古において宗教は神の崇拝の名でよばれた。
それゆえ神の研究なくして、上古の日本人の精神の研究は不可能であり、従って、上古の日本人の歴史の研究も不可能なのである。
戦後の唯物論の歴史家は、あたかも、人間が胃袋と生殖器だけで出来ていて、それさえ満足させれば、人間は十分なのだという仮説にもとづいて、研究をはじめたかのようである。
おそらくそのような卑俗な人間観は、彼の精神にたいする絶望の産物でなかったら、自己の卑しさの反映であったであろう。

戦後の日本古代史学の論争として、騎馬民族論争とか、ヤマタイ国論争があった。 それらの論争についても、いずれ私は論じたいが、いずれも記紀についての研究なくして上代史の研究をしようとした点において、戦後の自国に対する絶望の時代における歴史研究にふさわしい研究であったといわねばならぬ。
自国の歴史文献を全く信ぜず、外国の文献によってのみ自国の歴史を考える。
それは外国軍隊の占領下にある日本の歴史学者に、十二分な自虐的な快感を与えてくれる学問的態度であったかもしれない。

真理は、有と無の中間に、肯定と否定の中間にあると私はいった。
しかし、この言葉は、更に明確にされねばならない。
古事記、日本書紀神話において、どこに真理がありどこに誤謬(ごびゅう)があるというのか。
本居宣長のように、すべてを真理とするのも、戦後の歴史家のように、すべてを誤謬とするのも、どちらも正しい真理探究の道ではないとしたら、われわれはどうしたらよいか。
われわれは、記紀における真理と誤謬とをどのようにして見分けたらよいか。

こういう問いと共に、われわれは、一つの一般的な問いに投げかえされる。
いったい、一つの書物における真理とは何であり、虚偽とは何であるかという問いである。
そのような問いを問うには、いったい一人の人間における真理とは何であり、虚偽とは何であるかと言う問いを問うことを必要とする。
一人の人間は、いったいどのような場合に真理を語り、どのような場合に虚偽を語るのか。

人間は、いつも真理と虚偽の中間に住んでいる。
いつも虚偽ばかりを語る人間も存在しないと共に、いつも真実ばかりを語る人間も存在することが出来ない。
人間は自己の利害のかかっていることには、虚偽をかたりやすいものであるが、自己の利害のかかっていないことには、真実を語ることを好むものである。
このような立場から、アリストテレスは、自己を真理の人とせしめるために、徹底的に第三者、つまり純粋客観の人とならしめようとしたが、このように徹底的な第三者となることは、学者としては可能であったとしても、実際人、つまり政治家や商人にとっては、不可能であろう。
なぜなら、支配への意志のあるところ、そこには一つの観念操作が必要であり、観念操作には、多分の作為と同時に虚偽が必要であるからである。

人間というものは、生きるために虚偽を必要とするというのは、ニーチェの言葉であるが、私はやはり、政治というものは絶えず大きな虚偽を伴っていると思う。
それは皇帝政治だろうが人民の政治だろうが同じことである。
かつて日本の多くの歴史家は、天皇は絶対に嘘をつかぬと信じ、またひとびとにそれを信じさせてきた。
そしてそのような神話がうちやぶられたとき、また歴史家たちは人民は絶対に嘘をつかぬと信じ、あるいはそれをひとびとに信じさせようとした。
しかし、おそらく戦前の歴史家も、戦後の歴史家も、あまりに素朴に天皇や人民を信じすぎた。
事実は政治のあるところ、そこにはやはり虚偽があるのである。
天皇と同時に人民もまた、嘘をつきうるものなのである。

そしてその虚偽の中に、新しい歴史をつくろうとする支配者たちの必死の意志がかくれているのである。
そして、その必死の意志による歴史の偽造をのぞいて、その他のことは、比較的客観的に語られるのである。
巧妙な嘘つきはいつも嘘をつきはしない。
99パーセントは真実のことを語り、1パーセントだけ嘘をつく。
しかもその1パーセントが一ばん肝要なことである。
そういう嘘つきがたくみな嘘つきである。
このように考えると、われわれは、古事記、日本書紀制作者たちの、作為的意志がどこにあるかを明らかにすることにより、記紀における真実なるものと虚偽なるものを、区別することが出来る。

とすれば、記紀の作為的意志は、どこに働いているのか。
こういう問いは、記紀の成立根拠にかんする本質的な問いである。
こういう問いに答えるためにも、われわれは記紀を熟読すると共に、記紀の書かれた時代の歴史書である「続日本紀」を注意深く読まなければならぬ。

ふぅ~ (・_・)

自分自身の言葉で書くのは楽ですが、既にある文章を転記するというのは、実に大変な作業です。
かなり疲れました。
なんでこんな大変な作業をしたかと言うと、我々が戦後受けた歴史教育について説明する為です。
昨日言ったことと同じ事の繰り返しですが、趣向を代えて見ました。
また、梅原猛と言う哲学者の書いた歴史書は、大変興味深いと言う紹介も兼ねています。

私の好きな随筆家に山本夏彦と言う人が居ます。
彼が言うには、人は、その人独自の考えを持つ事は非常に難しいと言っています。
何故かと言うと、我々は、生まれて家庭で親兄弟と過ごし、小学校へ行き教育を受けその過程で何らかの色に染まっているからです。
我々が日本の歴史を考える時、既に我々はある程度、洗脳されています。
何故なら、我々の学校で使われている歴史教科書も何らかの色に染まった歴史学者達によって書かれているからです。
梅原猛は、戦後の歴史学者は、殆ど唯物論者だと言っています。
つまり、マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東などの思想に偏った人達が書いた歴史を我々は習ってきました。
教科書裁判で長年争った家永三郎さんなどはその典型的な例でしょう。
また、我々の学校には、唯物論を信奉している教師達が沢山居ました。
そして、我々は、日本人は極悪非道な人でなしであると言う考えを植え付けられてきました。

そう言う教育を受けた人間は、戦争中、日本人は悪い事ばかりしてきた国民だと思う事でしょう。
愛国心は、微塵も育まれないどころか、全く逆に、祖国を恨むようになります。
私は、大学へ行く頃まで、実際そのような考えを持っていました。
そして、日本人である事が恥ずかしいと思っていました。
彼らの目論見は、北海道の片田舎の純粋な少年を見事に洗脳するのに成功しました。
しかし、私は、学生の頃、渡辺昇一の本を読んでから日本人としての誇りを持つようになりました。

自分の祖国に誇りが持てないと人は、自分自身にも自信を持てませんし、海外の人と話しても臆してしまいます。
他国から何か文句を言われるとあたふたと慌てふためき、ご機嫌をとろうとします。
そう言う外交がずっと続いてきました。
そこに付け込むのが中国です。
日本人の人の良さを彼らは良く知っていてそこを突付くのです。
中国が望む事は、謝罪や誠意という無形のものでは無いと思います。
彼らが欲しいものは、金と面子(アジアで唯一の国連常任理事国としての覇権)だと思います。
中国人はとても合理的に物事を考えます。
実質的に役立つものを求めます。
若し、日本政府がいきなり、中国政府への経済援助を打ち切ると発表したなら、中国は、ガラッと態度を変えると思います。
韓国人は、違うと思います。
韓国は、本当に日本と友達になりたいと思っていると思います。
彼らは、経済的に既に自立していますから、お金ではなく、日本の誠意を求めていると思います。

今回の日本の歴史教科書と国連常任理事国入り問題が絡まった騒動のその現物を私は見たいです。
つまり、問題となっている歴史教科書そのものを読んでみたい。
それを見れないのが残念です。

この騒動を海外の報道機関は、どのように見ているか、ちょっと調べてみましたが、アメリカのNew York Timesの記事を参照している日本語の朝鮮日報を見つけ(【NYT紙「日本の教科書、韓中よりバランスが取れている」】、New York Timesの原文を参照しようとしたら、日系人記者が書いている記事で、過去の記事は、何と有料なので諦めました。
英国のBBCの記事も見ましたし、NZ Heraldの記事もざっと探しましたが、どこも客観的な状況を報道しているだけで、自分の考えを主張していませんでした。
他も眺めましたが、こんな記事がありました。
「China and Japan: a textbook argument」 このサイトは、聞いた事の無いサイトなので世間の評価は、如何ほどか分かりかねますが公平で客観的な意見を言っているようです。 が、なにぶん長文の英語なので訳したら、梅原猛の上記の文章の転記よりも更に大変な作業になります。
ウェブサイトの翻訳機に掛けるとわや目茶苦茶な邦訳が出来上がりますので、頂けません。
誰か邦訳お願いできませんかぁ~?

日本の歴史と歴史教育と最近の騒動がどうも気になって仕方なかった為、今日の気まぐれには、ちょっと時間を掛けました。
4月25日の私の記事をTrack Backしてくれた tabitoさん、ありがとう御座いました。
あなたのSentimentは、私とほぼ同じです。 → 「シドニーで国際人になろう!」
今夜は、これにて御免。


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平成17年04月16日(土) 11:29pm (NZ time)

おばんです、みなさん。
今日もまぁまぁの天気でした。
今日私は、久しぶりに家にずっと居ました。
最近ちょっと忙しかったです。
30才近くなると中々疲れも取れないと言うか、ゆっくり寝て入れない。
朝10時頃、何かの勧誘の電話で起こされました。

私の尤も興味のある民族は、日本人です。
昔は、ユダヤ人にもかなり興味があり、数冊の本を読みました。
私は、以前日本に居た頃ユダヤ人の会社に勤めていたので、彼らとのつながりは少なからずあります。
しかし、何と言っても日本人への興味は、尽きません。
それは、私が日本人であると言う事も勿論大きく影響しています。

平成16年11月17日(水) 11:23pm (NZ time)の気まぐれで「日本人 ≒ ポリネシアン」と言う記事を書いています。
私の日本人考は、同記事にほぼ集約されていますので若し、興味があればご覧下さい。
簡単に言うと、縄文人は、ポリネシアンで、弥生人は、ポリネシアンとモンゴル人などの大陸人との混血です。
そして、稀有なことに日本には、縄文人 ≒ ポリネシアン ≒ アイヌが純血種として北海道に少数ですが今でもいます。
しかし、残念な事にとても少数です。
以前、私の知り合いのとても古代史に詳しい人間から聞いたことがあります。
アイヌは、縄文人では無いと言う事です。
その前提で考えるとどうも辻褄が合わない。

しかし、アイヌは、縄文人の生き残りとしたならば、辻褄があいます。
それは、私がロトルアに行って思いました。
ポリネシアンの一種であるマオリ人の村(観光化されている)を見てそう思いました。
ほんの数点ですが類似点を見つけたからです。

  • まず、トーテンポールを立てること。
  • 身体全体に刺青を入れること。
  • 温泉地帯に集落を作る傾向が強い事。
他にも何かあると思います。
例えば、生で魚を食べるとか、共通する習慣があるのではないかと想定していますが確認が出来ていません。
又、赤フンなどの習慣も共通であればもっと面白いのですが、先日のマオリの研修、Maraeで私は質問しました。
マオリの男は、赤フンをしないかと聞いたのですが、黒の下着でした。
西洋のパンツに近いのか褌に近いのか余り詳しく確認出来ませんでした。

現在の日本人は、言うまでも無く文明化されていますが、とても原始的要素も残しています。
その最たるものは、神道です。
文明国の中に原始宗教を未だに濃厚に持っていると言うのが凄く興味深い。
先進国の中で原始的シャーマニズム(巫女が占いをして政治をする事)である神道のような古代宗教が日本のように未だに強く残っている国は、まず無いでしょう。
しかし、厳密には、断言出来ません。
西洋社会は、キリスト教に改宗しています。
しかし、古代においては、やはり原始宗教を元に政治をしていました。
そして多神教だったはずです。
ギリシャ神話を読めば分かります。
キリスト教に改宗後その古代宗教の影響が欧州にどれ程残っているのか私には分かりません。
しかし、余り濃厚に残っていないと言う印象は、受けます。

あなたは、日本書紀と古事記を読んだ事がありますか?
私は、ありません。
しかし、日本書紀と古事記の記事が至る所に出てくる本を結構読みました。
梅原猛の本などはとても面白いです。
彼は、西洋哲学を学んだ哲学者です。
その彼が日本の古代史を独特の視点で分析しています。
日本の歴史学者の書いた歴史書は、とても詰まらないです。
しかし、歴史の門外漢の梅原猛とか井沢元彦の本は、非常に面白いです。
それと非常に詳細に検証されている古田武彦の本、いずれも歴史学者や専門家ではありません。
他に「梅干の日本史」と言うような題名の本を読んだのですが、これが結構面白かった。
残念な事に、正確な題名と作者の名前を思えていません。
その本の中で、作者は、日本人の血の約半分は、ポリネシアンの血だと言っています。
日本人の骨の形は、北東アジアの民族よりも東南アジアの民族の特徴に良く似ていると言っています。
日本人が未だに古代人の尻尾をしっかりと持っている理由は、ポリネシアンの血が濃いからでは無いかと思います。
ポリネシアンの原点は、東南アジアです。
現在のインドネシアやマレーシアの辺りです。
氷河期には、海面が低く、陸地が広くインドネシアやマレーシアの辺り一体は同じ大陸でした。
しかし、氷河が溶け出して海面の水位が上がり、陸地が少なくなると、太平洋の島々へ渡りました。

梅原猛がこう言っています。
「武士は縄文人だ」。
これを読んだとき、私は、一体どう言う意味だろうと思いました。
武士の出現は、12世紀です。
縄文時代は、紀元前3世紀頃までとされています。
紀元前3世紀頃に大陸からモンゴロイドが沢山押し寄せてきました。
そして、混血しました。
そして、現在の我々があります。
一部残った、純粋の縄文人は、どんどん北へ追いやられ、東北まで落ち延び、更には最後の地、北海道まで逃げました。
8世紀末、桓武天皇が東北に軍隊を派遣して、夷人退治を行いました。
その為に初めて創設された職名が征夷大将軍です。
抵抗は、かなり激しかったようですが、征夷大将軍が何度か変わり、坂上田村麻呂が征夷大将軍になりようやく東北の夷人を制圧しました。
その時の夷人とはアイヌ、縄文人の事です。
アイヌは、元々北海道に居たと思っている人も居ますが、そんなことはありません。
アイヌは、古代において日本全国に居ました。

退治された夷人の大将アテルイの顔の絵を見た事がありますが、明らかに現代の日本人の顔と違います。
目鼻立ちの大きい濃い顔です。
日本の海岸地帯には、縄文系の血が濃いと言われます。
その最筆頭が薩摩だと思います。
西郷隆盛の顔を思い出してください。
彫りの深い西洋人のような顔をしています。
恐らく日本列島の中でも比較的暖かい、沖縄諸島とか九州南部に恐らく縄文人が多かったと思います。
ここまで書いてきて、私の書いてきた内容は、全く系統だって居ません。
思いつくままにあれもこれもと書いている内に支離滅裂状態になってきました。

何をどのように組み立てて書こうかと言う筋書き(ハイカラな言葉で言うとストーリー)が自分の頭の中で組み立てられて居ない為です。
支離滅裂なまま、まとめも無く今夜はこれにて御免。
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平成17年04月12日(火) 11:59pm (NZ time)

おばんです、みなさん。
今日のオークランドは、とても良い天気でした。
今日は、記事の更新が余りにも遅れて済みませんでした。
夜自炊してソファで横になったらそのまま寝てしまいました。
3時間くらい寝たと思います。

どうも最近中国が物騒ですね。
本当に嫌な国です。
ニュージーランドでも中国人は、非常に評判が悪く嫌われています。
私の大家さんも中国人の事をぼろ糞に言います。
礼儀作法がゼロか或いはマイナスの人間ばかりです。
我々も見かけが似ていますので十派一からげにされ迷惑を被っています。
中国の最近の反日デモの記事を読むと気が滅入ってきます。
あの国の公式な声明は、まずそのまま受け取ったらいけません。
日本政府が良くないが日本国民は良いと言うようなことを言って、反中感情が激昂する事をけん制しています。
あんな声明に騙されてはいけません。

人の国の事を批判する前にチベットの占領を止めるべきだ。
1945年にソ連軍と一緒になって朝鮮半島に侵略して北半分を略奪した事を何と思っているのでしょう。
まず、チベットと北朝鮮を返しそれから何か発言すべきです。
例のデモもまず間違いなく中国政府が陰でオルグしていると思います。
日本が国連常任理事国になるのを阻止する為に色んな陽動作戦を実行中なのでしょう。

日本が国連の常任理事国に入りたいと言うのも奇妙奇天烈大百科以外の何物でもない。
軍隊を持たない国が国連の常任理事国としてその義務を果たせる訳が無い。
と言いつつ、軍隊はある。
軍隊とは認められない軍隊がある。
あれは、明らかに憲法違反。
議論の余地が無いほど明白な憲法違反。
若し、訳の分からない解釈をすれば憲法違反で無いと言うとすれば、そんな特殊な理屈をする意味不明な憲法はいずれにせよ変えなければいけない。
あぁだこうだと屁理屈をこねないと辻褄が合わない憲法は、そもそも失格。
軍隊が必要なら日本国は、軍隊を持つと書かねばいけない。
さもなければ、自衛隊を廃止しなければいけない。
国家が憲法違反をするなら、国民は遵法義務も無くなる。
今の憲法がある限り常に矛盾とまやかしになる。
私が言っているのは、憲法第九条の事です。
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平成17年01月03日(月) 11:59pm (NZ time)

おばんです、みなさん。
今日もオークランドの天気は、冴えませんでした。
もう1月だと言うのに今年は、まだ夏らしい天気になりません。
今年は、冷夏のようです。

日本では、明後日頃から仕事始めの会社が多いのではないかと思います。
ニュージーランドの暦の上での休みは、明日までです。
ただ、NZの休暇の習慣としては、各自がそれぞれ長期休暇を取ります。
普通は、2週間~3週間の夏休みを取ります。
経営者であっても従業員でも同じように休暇を取ります。
そして家族で旅行へ行くのが一般的です。

私の大家さんは、去年1ヶ月以上夏休みを取っていました。
1週間くらい車で旅行に出かけ、残りは家でのんびり過ごしていました。
夏休み中には、業務が停滞することがあると思います。
しかし、NZでは、夏休み中なので担当者が復帰するまでお待ち下さいと言う言い訳が結構通用しています。
お客さんもそれを致し方ないとして、諦めるようです。
お客さんは、神様としては扱われません。
普通の人間として扱われます。
お客さんも自分は、客だからと言って何でも強引に無理を通そうともしません。

このような社会的風習と言うのか習慣と言うのか風土と言うのか、社会全体の合意が無いと長期休暇は、取れません。
長期休暇が良いか悪いかと言う問題は、別にしてです。
やはりこれは個人主義とキリスト教文化が背景にあると思います。
全体主義の日本では、各人各様に長期休暇を取ると言う事は、殆ど無理だと思います。

キリスト教に於いては、聖なる日が1週間に1日あります。
それが暦の週の元になっています。
我々が現代社会に於いて使っている暦は、西欧のキリスト教文化から生じたものです。
より正確に言うとユダヤ教と言うべきでしょうが。
毎週聖なる日があり、労働をしなかった。
それが休暇と言う概念を否定的に捉えない根源だと思います。
日本においては、元来、休暇と言うのは、盆と正月と村祭りしかありませんでした。
その休暇以外は、年中労働しなければいけませんでした。
盆と正月と村祭りの休み以外に休むと言う事は、罪悪でした。
その精神的土壌が我々には、かなり色濃く根付いていると思います。

それ故に、日本では、休暇を取ること自体、後ろめたい否定的な行為として捉えられると思います。
ですから、会社で休暇届を出す時は、結構色々考えると思います。
そして個人的な理由も書かないといけないです。
私も日本でサラリーマンをしていた時、有給休暇を消化しない人間が多いので、
夏休みとか正月休みの時、有給休暇を半強制的に取らせて、会社全体がある程度の長期の休みを取っていました。
全員が休む場合は、誰もが安心して休めます。
これが全体主義です。
全員一緒じゃないといけません。

日本では、誰もが休んでのんびりしたいと思っていてもそれが出来ない仕組みになっています。
一人だけ個人的な理由で休みを取れない仕組みです。
全員一緒で無いと何も出来ない仕組みです。
これは、社会全体ががんじがらめになって強固な相互監視体制が出来上がっています。
何であんたから言われなあかんのやと言う人からも色々あぁだこうだと言われます。

ここで書いた事は、良い悪いと言う視点で捉えている訳ではありません。
実態として上記のような風潮があると言う事です。
物事は、全て良い面と悪い面があります。
西洋文明にも悪いところと良いところがあります。
日本も当然そうです。
ただ、日本は、窮屈な社会と感じるのは、私だけでは無いと思います。
しかし、日本は、総合的に見て、素晴らしい国だと思います。

西洋人は、良く日本の事をとても褒めます。
それじゃ、あんた日本に住んだら?
と言うと、それは嫌だと言います。
彼らにはとても窮屈で息苦しく感じるのは、当たり前だと思います。
強固な相互監視体制が敷かれ、隅から隅まで他人を行動に注文をつける原則禁止の社会と、自己責任を基盤とした原則自由社会の違いです。
どっちが良いとか悪いとかと言う話ではなく、現実がそうだと言うだけです。
私は、日本がとても素晴らしい国だと感激する一方で、とても付いていけない圧迫感を感じる時も多々あります。
好きか嫌いかと問われれば、間違いなく好きと答えます。
やはり日本は、素晴らしい国だと思います。
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平成17年01月01日元旦(土) 06:03pm (NZ time)

平成17年酉年元旦
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。


昨日の宝探しは、ほんの42分で決着が着きました。
このHPの隅から隅までご存知の常連のkazuさんと言う方が、幸運の暦を手にいたしました。
郵便局が始まる、1月5日に郵送で発送致します。
わたしは、今回の宝探しのページを作るうえで大変勉強になりました。
今まで興味がありましたが、殆ど勉強していませんでした、JavaScriptと言うProgrammingにほんの少しだけ触れました。
本当は、画面上で質問に対する答えを入力してボタンを押せば、解答が表示されるところまでやりたかったのですが、
私の乏しい知識では、到底無理でした。
2日間では、準備不足でしたので次回は、もっと学習してJavaScriptを駆使したいと思っています。
参考までに申し上げますと、HPを巡回している大手検索エンジンのロボット君の目には、JavaScriptは、見えません。
人間の目には良く見えます。
それ故にJavaScriptを使ったHPは、検索され難くなります。
ですから、使い方は要注意です。
今回の宝探しは、私自身も面白かったので又、何かの節目にやりたいと思っています。

今年の干支は、酉(とり)ですね。
干支は、60年周期で繰り返します。
干が10個あって、支が12個あります。
    10干は、以下です :
  1. 甲(コウ) = 木の兄 = きのえ
  2. 乙(オツ) = 木の弟 = きのと
  3. 丙(ヘイ) = 火の兄 = ひのえ
  4. 丁(テイ) = 火の弟 = ひのと
  5. 戊(ボ) = 土の兄 = つちのえ
  6. 己(キ) = 土の弟 = つちのと
  7. 庚(コウ) = 金の兄 = かのえ
  8. 辛(シン) = 金の弟 = かのと
  9. 壬(ジン) = 水の兄 = みずのえ
  10. 癸(キ) = 水の弟 = みずのえ

    12支は、以下です :
  1. 子(シ) = 鼠(ね)
  2. 丑(チュウ) = 牛(うし)
  3. 寅(イン) = 虎(とら)
  4. 卯(ボウ) = 兎(う)
  5. 辰(シン) = 竜(たつ)
  6. 巳(シ) = 蛇(み)
  7. 午(ゴ) = 馬(うま)
  8. 未(ビ) = 羊(ひつじ)
  9. 申(シン) = 猿(さる)
  10. 酉(ユウ) = 鶏(とり)
  11. 戌(ジュツ) = 犬(いぬ)
  12. 亥(ガイ) = 猪(い)


私は、干支は、60年周期で繰り返すと先ほど言いました。
そして上の10干12支をご覧下さい。
ここでふと疑問が湧きます・・・?
10 x 12 = 120 と思います。
誰もが(普通の人なら)そう思うと思います。
私もそのように思いました。
しかし、違うのです。
これは、数学の統計と確立ではありません。
古代中国の考えです。
天体の運行を基に編み出された考えのようです。
それでは、10干12支をどのように掛け合わせれば、60年周期になるか・・・?
それは、実に奇妙な掛け合わせ方をします。
その掛け合わせ方を下記の表で示しますが、10干12支の10干を1~10で表し、12支をA~Lで表します。

このblogでは上手くテーブルタグが機能しません。 下記のテーブルは、本丸のホームページの気まぐれにて参照願います。

 IIIIIIIVVVIVIIVIIIIXX
i1A2B3C4D5E6F7G8H9I10J
ii1K2L3A4B5C6D7F8F9G10H
iii1I2J3K4L5A6B7C8D9E10F
iv1G2H3I4J5K6L7A8B9C10D
v1E2F3G4H5I6J7K8L9A10B
vi1C2D3E4F5G6H7I8J9K10L

これで60年周期になります。

10干は、自分だけの独自の動きをしています。
相手の動きにあわせずして、自分の周期を守って、規則正しく、1~10を順序良く繰り返すだけです。
12支も同様に自分だけの歩調で動いています。
それを掛け合わせると60で一回りします。
将に天体の運行そのものです。
我々が一般的に良く耳にする干支では、戊辰戦争の戊辰(ボシン)とか丙午(ヒノエウマ)生まれの女性とか言います。
他には、西郷吉之助(隆盛)か誰かが事あるごとに癸丑(キチュウ)以来・・・と昔を偲んだらしいです。

戊辰戦争は、慶応四年(明治元年)= 1868年 = 5Eです。
戊辰の辰は、10種類ある辰の中でも一番良い辰と言われています。

丙午の午は、10種類あるうちでも、女性の場合は、何故か気が強く超激情方の性格で良くないとか・・・? 3Gです。

癸丑は、嘉永六年 = 1853年 = 10B 黒舟が来航した年です。
つまり黒舟が来航した嘉永六年以来、尊王攘夷運動をしてきて、多くの仲間を失いながらも活動してきたと言う過去を振り返る時に使った言葉です。

さてここで問題です。
今年は、酉年ですが、10干あるうちのどの酉年でしょうか?
正解者には、大きな賛美の声を惜しみません。(II iii)
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