■ 日本人 ≒ ポリネシアン ■

平成16年11月17日(水) 11:23pm (NZ time)

おばんです、皆さん。
もうすっかり夜も更けてまいりました。
今日もオークランドの天気は冴えませんでした。
雨もパラパラ降っていましたし、気温も低めでした。
下の2枚の写真をご覧下さい :
Polynesian
Polynesian


11月10日に私は、7年ぶりにドメインの博物館へ行ってきました。
ドメイン(Domain)と言うのは、オークランドのCityにある大きな公園です。
その中に博物館(Museum)があります。
博物館の中には、忌まわしき戦争の記録もありますが、マオリ族の歴史や生活も紹介しています。
私の興味があったのは、戦争ではありません。
マオリ族です。
何故私がマオリ族の歴史や文化に興味があったかと言うと、古代の日本人である縄文人に興味があるからです。

古代史の本を読んだ中途半端な知識やテレビで見た古代の様子や自分の目で見てきた事などをまとめて考えてきました。
その中で私は、日本のアイヌは、縄文人でそして縄文人は、ポリネシアンだとずっと思ってきました。
そしてポリネシアンのルーツは、マレイシアとかインドネシアの当たりだろうと思ってきました。
それは私が若かりし頃居たシンガポールで見たマレー人達から始まり、
台湾で聞いた高砂族の話、三国志(の中の魏志倭人伝)の中で紹介されている倭人、
子供の頃中学校の時に居たアイヌ人の同級生、
ロトルアで見たマオリ村、テレビで見たスンダーランドや日本人の由来の話などをぐつぐつと考えてきた結果です。

三国志の中で倭人は、鯨面紋身と紹介されています。
鯨面紋身と言うのは、顔や体いたるところに刺青があると言う事です。
そして海に潜り海中の生き物を取って火を通さないで食べると書いています。
又、赤ふんどしをしていて、鮫に襲われた時、赤ふんどしをぱらりと解いて鮫の注意をそらしている間に逃げると言う事です。
未だに続く日本人の赤フン好き。

又、「邪馬台国は無かった」と言う本を書いた古田武彦の説は大変興味深かったです。
彼の説では、「邪馬台国」は無かったが「邪馬壹国」は、あったと言う事です。
三国志に記載されているのは、「邪馬壹国」と言う文字です。
「邪馬台国」ではありません。
「台」と言うのは、尊い文字で辺鄙な夷人の国に使われる文字ではありません。
中国人は、自分達が宇宙の中心であり、その他大勢は全て野蛮な未開人だと規定しています。
つまりゴリゴリの中華思想の塊が中国人です。
彼らは、倭人や韓族や満州族など他の民族を表すのに必ず卑しい文字を当てます。
ですから「臺」=「台」と言う文字は決して当てません。
当てるとしたら「壹」=「一」のはずです。
彼の結論で言うと、「邪馬壹国」福岡です。
私も同感です。

そして「邪馬壹国」の倭人は、恐らくポリネシアンだったと思います。
「邪馬壹国」の時代は、3世紀ですので既に大陸からの人間が日本列島に入ってきて数百年経っていますので、かなり弥生人になっています。
それでもまだ、鯨面紋身だったのです。
古田武彦は、九州王朝の存在に付いても他の本で書いています。
海洋民族で鯨面紋身(分身と言う文字を使うときもある)とポリネシアンは、そっくりだと思いませんか?

私がテレビで見た、スンダーランドの話。
何万年前か詳しく知りませんが、氷河期には、海面が今よりも数十メートルも低かったそうです。
それで当時は、陸地が今よりずっと多かったです。
そして今のマレーシアやインドネシアやフィリピンの辺りは、全部陸地で繋がっていました。
それがスンダーランドです。
しかし、氷河が溶け出し、陸地の多くは、海面の中に埋まってしまいました。
そして、人は船で航海に出ました。
それで太平洋のあらゆる島々に辿り着いたかあるいは、元々陸地であったのが島になったのかも知れません。
いずれにしても出所は似たようなものだと思います。
それで、私は、ポリネシアンのルーツは、今のマレーシアやインドネシアの辺りだろうと思っていました。

ポリネシアン達は、当然日本へも上陸したはずです。
それが縄文人だと思います。
紀元前4世紀頃までは、日本列島にはポリネシアンしか居ませんでしたが、そこに大陸人が移動してきました。
そこで戦争が起こり、血は混じりました。
そして出来上がったのが弥生人で現在の我々です。

私がロトルアへ行って見たもの、トーテンポールや温泉の回りに住み着くマオリ人達(今は、違います)。
ハワイの原住民やアイヌもトーテンポールを作ります。
アイヌも顔中に刺青をします。
ハワイの原住民は、刺青をしていたかどうか分かりません。
沖縄の人も未だに縄文人の血を濃く引き継いでいると思います。
それは、風貌から分かります。
日本の海岸地帯には、縄文人の血が濃い地方が多いらしいです。
薩摩もその代表の一つだと思います。
サントリーの社長の熊襲発言は、恐らく薩摩でしょう。
そこまで深く考えて発言したとは思いませんが。

そして、上に貼り付けた上段の写真を見てください。
これは、Domain Museumのマオリ族のルーツを紹介する系統です。
源は、Austronesianになって、その下がMalayo-Polynesianになっています。
ずっと下にマオリがあります。
下段の写真は、ポリネシアンの分布図です。
何故か日本は、ポリネシアンの分布図の線の内側にありません。
そんなことはありえません。
日本だけを避ける訳がありません。
確かに日本は、ハワイや他の太平洋の島々よりは寒いでしょうがそれでも日本に上陸したのは間違いない。

と言う訳で、Malayo-Polynesianと言う名称からマレー人(インドネシア人と言葉も民族も同じ)
がポリネシアンのルーツだと確信した日になりました。

しかし、私のどうしても分からない事・・・?
それは、ポリネシアンと大陸人の混血である、現在の我々がどうして先祖とそんなに違うのか?
繊細で綺麗好きで勤勉で礼儀正しい。
それは、ポリネシアン、大陸人のどちらにも見られない特徴です。
横着な血が混じったら繊細になるのでしょうか?
これは、どうしても分からない謎だ。
それともう一つ分からないのは、ミクロネシアンとマクロネシアンと言われる民です。
彼らの事は、まだ全く考えたことがありません。
ライフワークです。
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by kiwidream1997 | 2004-11-17 21:02 | 歴史